『Three Witches’ Prophecy』についての備忘録 1/n

2023年秋のマジックマーケットにて、“Mental Lyric”というトリックとそれを応用した手順である“Three Witches’ Prophecy”を発表しました。前者はいわゆるメンタルエピック型トリックの作例であり、後者は演出まで含めた少し長尺のルーティンとして構成されているのですが、これらの手順を発案した流れとしてはまずTWPのほうが先にあり、ピースとしてメンタルエピックが必要になったのでMLを捻りだしたという順番となっています。

このTWPを考え出した経緯というのがちょっと特別だったのですが、長ったらしくなりそうなうえにやや抽象的な言葉遣いを介入させずには纏められそうにない内容となることが想定されたため、マジケにて発表した文書からは割愛しました。しかし手順の成立過程も含めて思い入れがあるので、忘れないうちに書き残しておこうと思ったのがこの文章の意図です。

さて、TWPの成立過程が特別だったと書きましたが、これは私が手品を考えるときの方法論を背景としています。ほかの人がどのように発案から完成まで至っているのかはよく分かりませんが、私に関して言うと、基本的にはすべてを手法や原理から作っています。つまり面白いムーブや構成、原理など、手品を構成する要素の手法的な部分に着目し、「この原理には活かされきっていない側面があるな」とか「この技法で1個手品が作れないだろうか」と考え、別の手法と組み合わせたり、最適と思われる構成の中に位置づけたりすることによって最終的なトリックにまで仕立てる、というものです。

正直これ以外の手品の作り方があるとは考えられないほどこの方法論に頼り切って手品を作ってきました。手品創作をする人の中には「現象から考える」という人もいますが、どうやればそんなことができるのか未だにちょっと信じられない気分ではいます。ただおそらく、私のやり方を「ボトムアップ型」と名付けるのであれば、その対比である「トップダウン型」、この2極のグラデーションのどこかに手品創作のスタイルは位置づけられるのだろうと想像されます。そして手法/原理等(ボトム側)と演出/現象等(トップ側)の手数それぞれが多ければ多いほど、優れた組み合わせ方をひらめきによって発見する可能性が増し、よいトリックを生み出せる能力が高まっていくのではないかというイメージをぼんやりと持っています。

このボトムアップ型創作によって溜まってきた作品を整理し、作品集として発表したのが『52Hz』です。2020年のマジケで頒布しました。このノートの出来には満足していますし、今見ると手直ししたい箇所もありますがおおよそ「この時の自分はよくやったなあ」という感慨が浮かんできます。ただ、そこに収録されている作品群を眺めているとき、いわく言いがたい疑念にかられたことがありました。一言で言えば、「この手品たちは本当に『面白い』のだろうか?」ということです。

作者が作品に対して払わなければならない倫理的な責務として、まずは擁護をしておきます。『52Hz』に収録されている手品は一般的な水準から見てきちんと「面白い」はずです。このノートが読み物として、手品を趣味としている人たちの知的好奇心を満たすはずなのは当然の前提としておいて、それらのトリックが実際に演じられたとき見る人の知性や感性を(一般に手品に期待される程度には)刺激するものであって、そういった意味の限りにおいて「面白い」ものであろうことは、客観的な基準からしても首肯できることではないかと考えています(だから発表に値すると判断したわけです)。

ただ先述の通り『52Hz』という作品集には、演出や現象また表現したいニュアンスや観客が受け取る感触を目的として創作されたトリックは1個も含まれていません。手法や原理、背景の企みがその可能性を十二分に発揮できる落とし所はどこかと探し回った結果としてトリックの完成形に至るという手続きを経ているので、観客が実際に目にすることになるトリックの表面というものは、意識的に企図されたものではないわけです。『52Hz』には「見えない飛行」というジャンルに区分されるトリックが多めに収録されていますが、これはどちらかというと私の嗜癖とか、思考のクセの産物と見なすべきものでしょう。

いつ頃からか手品全般に対して「面白い」と感じる頻度が減っていったという背景もあります。新しいトリックとか有名マジシャンが演技をしている映像を見ても、心底「面白い」と思えることがなくなってきました。そういった不感症的眼差しで『52Hz』を見返していた帰結として「これらの手品は本当に面白いのだろうか?」という不安に囚われたのは仕方のないことだったのかもしれません。

ただこの問いに答えようとすれば、より上位の大きな問いに向かっていかざるを得ません。それはつまり「面白い手品とは何か」ということです。ちょっと問いが大きすぎて歯が立ちそうにありませんが、その時期の自分はいくぶんか楽天的にまずは「面白い手品」と言えるものを作ってみよう、と考えました。自分の基準に照らしてこれは「面白い」と呼べるようなトリック。私は一介の奇術愛好家であって自身をクリエイターであるなどとは微塵も考えたことはないのですが、『52Hz』がそこそこ好意的に受け入れていただいたこともあり、創作の技量もまあ人並程度にはあるはずだと過信していたので、面白いプロットや表現から手品を生み出してみることもできるのではないか、と思いました。自分がガチガチの「ボトムアップ」派であること、こういった創作の道筋が初めてであることは自覚していました。ただまあ物は試し、やってみるだけやってみようという感じで、「トップ」側……と言うよりひょっとすると更に上位の「コンセプト」側から設計することを課題としてみたわけです。

そこから数か月、全く何も思いつきませんでした。

(たぶん続く)

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